スギダラ天竜支部



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淡路島・津井 めくるめく瓦の町ツアー・1


さて、先日、淡路島は津井(つい)地区を訪問しました。
約1年ぶり、2度目の訪問です。
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淡路島の左下の、プクッと出ている場所に津井はあります。

津井の町とは瓦の町、日本三大瓦産地の一つです。
その歴史は江戸初期、貧しかった津井の土地にお寺が引っ越して来ます。当時のお寺は、文化や技術の最先端の場所。・・・という表現を何度か聞いていながらあまり想像がついていなかったのですが、やっとピンと来ました。

お寺を建てるには、建築技術がいる→建築技術を持った人も一緒に来る→建てることは、建築資材の調達も含む→技術者が津井の土は瓦に適していることを発見する→瓦焼こう→いい瓦ができる→瓦を特産品にしよう=技術が伝わる。

当時貧しかったこともあり瓦作りは定着、淡路島は大阪・京都に近く、名だたる寺社仏閣に瓦を納め、三大産地として定着します。
焼き上げる最後に松葉を使った還元を行う技術を確立し、”いぶし銀”の美しい瓦を生み出します(工業化した窯では"生ガス"で還元)。
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立派な瓦屋根。とある瓦会社社長さんのお宅(の長屋門)。

津井の町の何に惹かれたかというと、(現在は割合は減ったものの)町中が瓦屋さんでみんなが瓦に関わっている町、ヨソ者の発想では「同業者間の競争が激しいのでは」と思いましたが、違いました。

瓦とは、非常に多種なパーツから成る製品。町中の瓦屋さんが力を合わせて、そうして「瓦屋根一式」が出来上がるんだそうです!! 全員仲間!! そりゃすごい!
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A1くらいのサイズのポスターにずらーーっと並ぶ部品一覧。
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変わりダネで、鳩(焼く前の状態)。先ほどの長屋門の上にも一羽とまっています。
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恵比寿さん…の後ろ姿(こちらも焼く前)。なんか哀愁ありますね

津井の町がどれくらい瓦の町かというと、それはもう、そこらじゅうの屋根という屋根は当然瓦葺きです。普通なら瓦葺かない小学校も瓦葺き、体育館だって瓦葺き。ごみステーションすら瓦で葺きます。当然です。しかも複数あるごみステーションでそれぞれ屋根の形を変えて、より一層多様な瓦を使用。
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ごみステーション。軽く人が住める感じ出てます。

さらに瓦づかいは屋根だけにとどまりません。ちょっとしたキズものや焼きに失敗した瓦たちが転がっている津井の町。畑の土留め、ちょっとした境界線のアピール、その辺の資材が飛ばないようにする重し、なんでも瓦です。
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製品の梱包作業台がかわいらしいフォルムだなと思って撮ったのですが…包装紙を押さえてある重しはもちろん瓦。

今までの人生で瓦にこんなに囲まれていたことがあっただろうか・・・
圧倒的な瓦の町の瓦分に圧倒されながら、怒涛の瓦工場見学へ突入します。

※本レポートは昨年の見学と合わせて2年分の内容をまとめてお送りします

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by sugidaratenryu | 2017-11-19 16:50 | つながり

遠州酒蔵見学 その2

さて、遠州酒蔵見学は、掛川市の土井酒造さんへ。

■株式会社土井酒造場 http://kaiunsake.com

土井酒造は、静岡県掛川市にあり、徳川・武田の攻防戦が行われたという高天神城址のふもとにあります。そう、ブラタモリでおなじみ、山のキワには水が湧く。遠州の雨を受けた水を使った酒造をされています。
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山に抱かれる工場。
正面が酒造の屋敷、左の白い大きな建物は倉庫。
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桜の向こうに立派な門。
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川と塀に囲まれた立派な屋敷です。

土井酒造さんは家族経営といった雰囲気で、対応いただいた会長はお父様で、社長は息子さんとのこと。直売所は、これも大変立派なご自宅の土間あたりに接客スペースを配したもの。この日は改築作業真っ最中でした。息子さん家族が住みやすいように現代風に変更しているようですが、旧来の梁や柱を残しての改築の様子が垣間見えました。
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立派な松! これくらい家の近くにあると、建て替えの時に伐られてしまうことが多いので、貴重です。同じくらいご自宅も歴史のある建物とお見受けしました。

現在酒蔵見学はされていないということで、直売所のスペースで土井会長から直接お話しを伺いました。もちろん、試飲させていただきながら・・・
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夏季限定の「開運 特別純米 涼々」
このセリフしかなくて恐縮ですが、おいしかったです!

土井酒造といえば、銘柄「開運」が著名です。
おめでたい銘柄だけに、新築祝いなどのお祝い事によくプレゼントされます。そして我が家は父が設計士をしていたため、おそらく新築祝いのおすそ分けをいただいたのでしょう、実家にはいつでもこの開運が1−2本はあったものです。恐縮ながら「土井酒造」というお名前は存じていなかったのですが、この銘柄とこのラベルを見て、急にめちゃくちゃ身内な気持ちになってしまいました。
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どこまでもめでたい。
「ますます繁盛」にかけた「二升半の特大ボトル」もあります。
※画像はリンク先からお借りしました

そして土井会長、全っ然商売っ気がありません(笑)。
「この涼々というお酒の着想はどこから?」
会長「なんかちょっと作ってみたら、評判がよかったから」
「商品開発はどのように?」
会長「うん、まあ、たまたま面白いのができたら、出してみようかなって」

なんだろう、このゆるやかさ(笑)
勝手に、経営大丈夫なのかしらと心配になってしまいますが、息子である社長さんは販路開拓に勤しみ、最近では海外への輸出量もけっこうあるのだとか。部外者が心配することじゃないですね(笑)

そんなゆるい感じを出しながらも、酒造りは好きだと断言された会長。好きだからこそやるし、オレが好きでやってたから息子も継ぎたいという気持ちになってくれたようだと。
好きだからやる、という姿勢、素敵です。

そして、なぜ酒造りが好きなのか。
会長「お酒を飲むと、楽しくなるから」

土地柄、お祭りやら寄り合いやらで人が集う機会は多く、そういう時には酒が出る。みんなで飲んで陽気に楽しい時間を過ごす。そういうのが、酒の役割だからね、と会長。
個人的には、こういう姿勢で、身の丈にあった規模で好きなことをされている土井酒造はとても素敵だと思いました。


ちなみに土井酒造さんも、お酒の神様の神社から杉玉を買って吊るしています。
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門の軒先に。


この杉玉、一年で役目を終えるのですが、それを捨てるのも忍びないということで、会長はみんなとっておいてあるのです!
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勢ぞろいして、かわいい・・



別れ際、会長がお土産を持たせてくれました。
親しくなった写真家が撮ってくれたという「土井酒造 開運 写真ハガキ12枚セット」でした。製造工程の順に、洗米から始まり、醪(もろみ)の様子などの各工程を美しく撮影してあるのですが、最後の12枚目は、「浄水場」でした。

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「洗浄水などは、活性汚泥槽に集めて浄化する」
お借りした水は、ちゃんときれいにしてお返しする姿勢。

土井酒造さんでは、当然のように排水のことも気にかけていたからこその1枚なのでしょう。マニアックなところですが、ちょっと声にならないほどの感動をいただいて、掛川の地を後にしました。
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by sugidaratenryu | 2016-09-10 16:05 | つながり

遠州酒蔵見学

友人から「遠州酒蔵取材ツアーを企画しているんだけど、いっしょに来る?」と誘われて、二つ返事で参加を決めた。

しかしなぜ二つ返事をしたか、そこから考えてみたいと思う。

というのは、実は私は別にお酒が大好き!というわけではない。
どちらかというとお酒の場が面白く、あとは酒が入るとちょっとテキトウでも許されるようなところが気楽で良い。

しかしお酒の味は全然わからない。飲み比べセットを頼めば確かに味は違うなとは思うけれど、好きか嫌いかというのが判断つくほどの思い入れはなくて、だから好みの酒というものはない。同様にビールの味も特段の好き嫌いはないし、水の味も違いはよく分からない。だいたいのものが「おいしい」というおおざっぱな中で生きている。

それでも酒蔵には興味があった。特に、「ツアー」で複数を短時間のうちに回る、というのはとても興味深く、だから二つ返事だったと思う。

興味を持ったところをつれづれに挙げてみると、日本酒というのは土着の酒であって、歴史が古い。けれども一時期人気が落ちて、しかし最近盛り返しているという噂を聞く。おそらく「職人」と言われる人が居るであろうこと。聞きつまんだ話では、職人の微妙な判断によりそれこそ職人技で銘酒は仕上がるらしいが、私には職人が何をどう判断するのか想像できず、そのあたりを確認できるかもしれないという期待もあった。また、酒の味は、土地や酒蔵(蔵付きの菌)によって異なるらしいが、どうも信じられない。それから個人的に、古い建物や道具が美しいと傾倒しているので、酒蔵にはそういうものがわんさとあるに違いないということ。

その辺りを総合したであろう直感により、二つ返事にて酒蔵ツアーに出発した。

この日の訪問は2箇所、1つは天竜の山裾ともいえる浜北区にある花の舞酒造。
もう一つは、掛川市にある土井酒造場である。

まずは1軒目の花の舞酒造。
こちらは、大々的に、いわば商業的に酒造している印象があり、その通り、見学コースも整っていて、効率的に案内いただいた。
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販売店舗。最近、こういう古い作りの建物に非常に心惹かれる。
奥に見えるのが門前町を生み出したお寺、庚申寺の門。


販売店舗と酒蔵、倉庫がお寺の門前にある。店舗の前の道は、昔からの門前の通りで、道幅も昔から変わらないという。軒先には大きな杉玉が堂々と下がっている。スギダラケ倶楽部会員として、嬉々としてお店で作ったのですかと質問したところ、お酒の神様の神社で祈願済みのものを購入するとのこと。

なるほど、一般の方向けに、杉玉作りワークショップを企画したら面白いのではと思っていたが、杉玉をレクリエーションの道具として扱うのは酒屋さんでは場違いなのかもしれないと思い直した。
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とにかく立派な杉玉。


ちなみに杉玉の意味合いについては、あくまで「新酒ができました」のサインであって、"緑だった杉玉が茶色くなると酒が熟成したしるし"ってことはないとのお話でした。

そういったお話と案内は、杜氏の土田さんがしてくださいました。職人といえば寡黙・・・というイメージをくつがえす、はつらつと元気で楽しい見学でした。

まずは店舗の裏手へ。目に飛び込んでくるのは酒タンク。
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50,000L入るんですよ・・・それが4−5棟ありました。

タンクの手前にある木はケヤキ。「良い水を呼ぶ」と言われているとのこと、こうやってタンクの間にガシガシそびえ立っていました。

大事な原料の1つ、お水はこちらの井戸でくみ上げています。赤石山系の伏流水だそうです。
店舗でお水も試飲させてもらいましたが、いつもの通り味の違いは分かりませんでした・・・私には無味無臭のおいしいお水でした!(ほんとそんな感想ですみません)
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くみ上げた水はパイプにて各種施設に送られています。メカ感がすごい。


この時は気づきませんでしたが、今思えば、東名高速道路や第二東名のような大規模工事がそれなりの近い場所で行われた土地ですが、変わらず美味しいお水が汲めるというのは素晴らしいことです。

続いて、精米所へ。
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こちらもメカ感がすごい。

見学に伺った5月は、実はお酒造りがひと段落した時期のため、工場は落ち着いて広々していました。こんなに大規模に精米するとは思っていなかったので、規模にびっくり。

それで・・・工程としてはいろいろあって・・・それこそ大事な米麹の仕込みとかがあるわけですが、見学できるような気楽な工程ではなく(仕込み時期ではないので実施もしていない)ので、見学ツアーとしては、次はもう酒! お酒できてます!
個人的には、桃から生まれた桃太郎が、桃から生まれるなんてびっくりだった次の瞬間にはお供を従えて鬼ヶ島に到着していた、という感じでありました。仕込みタンクが並びます。
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タンクの中が冷えているので、この場所もひんやりしています。


そして原酒を試飲・・・いつも通り、ザ・おいしい 以上のことは分かりませんでした・・・けど・・・おいしかったんですよ。ほんとすみません。
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こうして美味しいお酒ができるわけです。
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ちなみに貯蔵タンクの横には、戻ってきた空いた樽が山積み。
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浜松では、5月初旬に浜松祭りが行われ、各所で樽の酒が振る舞われます。ちょうどそれの空いた樽が戻ってきたということですが、樽の二次利用方法は特段ないということで、何か使えたらいいのになとアイデアをひねりたいですね。

この樽を見て、日本酒は、ある意味記号化しているんだなと思いました。祝宴などでの鏡開きは、あれは儀式的に「めでたい!」という表現として定着しています。それは、新興のお酒のビールやウィスキーにはない点です(野球界ではビールがけしてましたけど・・・最近はしていないかな? 少なくとも一般には行われません)。焼酎も400年を超える歴史がありますが(by Wikipedia)、ハレの場に用いられる立ち位置に置くということは聞いたことがありません。(日本酒の歴史を調べたところでは、「稲作と共に始まったby Wikipedia」とのことで、歴史の長さはずば抜けていた!)

ちなみに、杜氏になりたい(酒蔵で働きたい)という希望者は一定の数がいて、花の舞酒造さんでは人手不足にはなっていないとのこと。たまたま今は全員が地元出身者とのこと、地元の米、地元の水、地元の人間の三拍子揃った地酒だそうです。

また、花の舞酒造では、新製品開発が盛ん。日本酒としてはかなり変わりダネの商品もあります。パッケージデザインもモダン。杜氏の土田さんが楽しそうに、「若い人も受け入れやすいようなものを、若い者が作っている」とお話されていたのが印象的でした。

◎ぷちしゅわ日本酒 ちょびっと乾杯
http://www.hananomai.co.jp/product/liqueur.html
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※画像はリンク先からお借りしました

地元名産のメロンやイチゴ、ブルーベリー味もある地元色満載の新ジャンルのお酒。ビンの形もかわいい。

2015年にリニューアルした「SAKE Dolce(サケドルチェ)」
http://www.hananomai.co.jp/information/596.html

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※画像はリンク先からお借りしました

やっぱり毛筆とか和紙とかいうアイコンが乗っているとうもれてしまうので、こういうパッケージは目を引きます。

HPによれば、従業員64名という花の舞酒造。大所帯の組織が次に続いていくためには、大規模な工場(こうば)、見学ツアーなどでの企業のPR、新しいことへの挑戦などが欠かせないのだろうと推測します。

ちなみにこちらは、米麹の仕込みの際など泊まり込みの際に泊まり込む建物。いい雰囲気です。
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職人たちはみんな地元だし、今は別に泊まり込まなくてもいいらしいのですが、まあ遅い時間になったり来るべき時間が早かったりしたらもう泊まっとこ! というノリで使っているとか。

疑問に思っていた「職人技」については、1つ合点がいきました。
酒を作る際には、ある一定の味を目指す、という点を私は見逃していました。私は、「自然の材料を自然のあるがままに加工している」と思っていたわけです。しかし、とある銘柄のお酒として、「あの味」に仕立てたいという目標があれば、材料・天候などの違いを吸収する必要があります。
嗚呼、それが職人技。

仕事でも生活でも、人間やら人工物やらとしか接していないと、こういうことがピンと来ないのかもしれません。勉強になりました。


続いては、掛川にある土井酒造場さんに向かいます。
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by sugidaratenryu | 2016-08-06 18:18 | つながり

わらしべの里共同保育保育所見学 その2

続いて、わらしべの里保育所所長の長谷川佳代子氏の方針についての感銘を書きます。
ただし、見学訪問当日は休園日でしたので、園児たちを直接観察していませんのでご了承ください。

長谷川さんのスタンスはこれ。
「子どもの成長を、覗き見る」

語感が悪いので公の場では「覗き見る」とは言わず「見守る」と言い換えているそうですが、感覚そのままで言えば「覗き見る」だけだとのこと。

その真意は、「子どもを信じて、子どもが自らの力量を確かめていく、かみしめていく過程を、ただただ一緒にいること。『見守る』とは上から目線。大人が何かをして育てるという感覚になる。私は、子どもが自ら成長する様子を、こっそり見ている感じ」とのお言葉、がーーーん!どーーーーん!と感激しました。

心のどこかで、「子どもって、もっといろいろ出来るんじゃないか」と思っていた。もっと任せていいのではないかと。それに近いことを、実際に子どもに接している方が信念とされているとは、とても心強い。

配布資料によると、わらしべの里保育所は、そもそも預ける場所も機会もなくて困り果てた子どもとお母さんのために「子どもの居場所としての保育園」を作ったことに始まります。スタートは、自閉症と脳性まひを持った子ども達だったのだけど、障害があろうがなかろうが、その子の存在を認めることが出発点だったとのこと。

さらに資料には、「存在を認められた子どもたちは働き者になる」との一言が。
子どもの存在を認め、子ども自身に成長を任せ、大人は覗き見する程度 という方針による保育の様子をいくつかお話しくださいました。

※「覗き見る」ということは、「完全放任」ではないのですが、いかほど子どもと関わっているのかは今回の訪問では(保育自体がテーマではなかったこともあり)読み切れませんでした。
以下、長谷川さんのお話くださった具体例をお伝えします。

○園にスケジュールはありません。
驚きでした。大人ですら、「お昼休み」が決まっているというのに・・・
園に来たら、誰もが好きなだけ遊びまくる! 園庭で泥遊びしてもいいし、雨の日は園舎内を周遊してもいい。とにかく遊んでいるうちに、お腹が減る。園児たちは給食を待ちわびる。給食が完成したら食べたい人が食べる!
また、遊び尽くしているため午後になれば眠くなる。眠くなればお昼寝をする、という具合。

年長さんくらいになると、給食の食器は軽くゆすいで返却するという芸当ができるそうです。(私は感心しましたが、一般的にできるものかどうかは誰か教えて)
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食器をゆすいで返却するための子ども用流し。低いです。


また、古川さんはこのお話を聞いて、3・4・5歳児室から厨房の様子が見えるように設計したとのこと。心ニクイぜ。

そうじの時間も特に決まっていないそうですが、(確か)自主的に子どもらは雑巾を取り出して拭き掃除をするとのこと。

→おそらくコミュニティの出来始めのころは、職員による掃除への誘導や、「雑巾とは掃除用具である」「汚れたら掃除で綺麗にすることができる」という伝達はあったと思うのです。一度園の文化ができると、子どもらの間で「汚れたら掃除をすると綺麗になる」という知識が引き継がれているんじゃないかと想像します。

○園にクラスもありません。
特段分けてはいないようです。
担任もいないわけですが、職員は、園児全員を把握しておくという努力とスキルが必要になるとのこと。
→つまりは、一線を超えた場合には大人が声がけなり何なりで、介入するという意味だと思います。その一線をどこに引いているのかは分かりませんでした。事例から想像するに、一般よりも相当奥に引いていると思います。

○子どもたちが園外に遊びに行きたいと言えば、行かせます。
→これこそ、おそらく、外に行くだけの経験を積んだ子どもなら行かせる、という意味だと思います。今回見学した新園舎の南側は幹線道路で危険なため、そちら側になるべく園児が出ない建物の位置と間取りになっているとのことですから、危険に近づけないという大人としての配慮はゼロではない。でも例えば「川に行ってくる!」と言われれば送り出す とのお話でした。
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「川」とは利根川で、超でかい川です。「危険」いっぱいです。


おそらく、泥遊びなり園外経験なりで、水の怖さを知っている子だと見極めての許可だと思います。また、遠くまで行って迷子になる心配はとも思いますが、前述の通り、お腹が減れば帰ってくるので問題ないと。

聞いた話ですが、ジプシーの子どもは(放浪しているジプシーって、もうあまりいないそうですが)、子どもが親の居場所を常に把握していてはぐれないように気を配りながら、周りで遊ぶんだとのこと。親が移動し始めればついてくるというお話。
必要があれば、子どもが気を配れるんだ!という衝撃の小話でした。


想像の部分が多くなりましたが、とにかくこの園はその方針で回っているわけです。
長谷川さんは力強くおっしゃいました。
「子どもに任せても、ちゃんと秩序は保たれますよ」

うーん 信じがたい。でも信じたい。
そんな気持ちで聞いていました。


もう一つ、印象的なエピソードをご紹介します。

今回見学させてもらった新園舎は、室内の廊下は杉材でできています。旧園舎は檜の床材でした。新園舎に来た子供達は、床材の違いに気づき、「どう扱っていいかわからない」というような様子で、なかなか園舎内に入らなかったとのこと。そのうち、園のアプローチ(縁側のような場所・檜材でできている)と室内のそれぞれに片足を置いて仁王立ちになり、何かを確かめている様子だったと。

それほどに、鋭敏に材の違いを感じ取り、なおかつ扱い方がわからない=いためてはいけないという優しさなのか、または未知への畏れなのかわかりませんが、いずれにせよ「自らのありのままをいきなりぶつけない」という気遣いができるのかと、とても驚きました。


そんなこんなで、感動し感銘受けっぱなしの見学会でした。
企画&誘ってくれたココモリプロジェクトチームに、この場を借りて感謝いたします。
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園舎全景。

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by sugidaratenryu | 2016-07-16 16:15 | つながり

わらしべの里共同保育保育所見学 その1

さて、見学にうかがったのは4月のことで、だいぶ時間が経ってしまいました。

というのは、建築の専門性を持っているわけでもなく、子供を育てているわけでもない私が何を語れるのだろうと悶々とするモードに陥ってしまったからなのですが、そういう立場の私でも大感動しました!!というお話は堂々とすればいいのだ という気持ちにたどり着き、書き出したしだいです。

というわけで、この記事は専門的な点や、保育や育児の難しさについては又聞きの域を出ていませんことご了承ください。あとは、感性にまかせて前のめりに見学させていただいた結果、あまりメモを取っていませんので間違い勘違いがある可能性もご了承ください。

そんな弱気な書き出しではありますが、こうなればガシガシ書いてまいります!

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さて、わらしべの里共同保育場は、埼玉県にあります。
設計は、アトリエフルカワ一級建築士事務所の古川泰司さんです。(初対面で名刺をいただいた際、私は第一声に「アトリエフルカワー って読めちゃいますね」とアホな感想を口走ったことを鮮明に覚えております)

埼玉と言っても広くて、ド都会から山までバリエーション豊かですが、保育所の周りはこんな感じで、畑が広がり、どっしりとした家並み街並みも感じられ、しかし幹線道路はトラックや車がガンガン走るというような、いわゆる都市といわゆる田舎の中間くらいという印象を受けました。
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わらしべ園庭から北東の風景


(今調べて認識しましたが)所在地は埼玉県の最北。園からすぐのところに群馬県との県境となる利根川が流れています。(たしか)その河川敷から、グライダーが離着陸するという、広々とした土地です。
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ちょうど飛んでたグライダーと、園舎アプローチ


何はともあれ、問答無用で建物が美しいことにキャッシーはド感動しました。すっと自然体に存在していて、凛としている。形や構造の随所に意味や想いがある。建築家としての美しさへのこだわりは、さりげなく適用されている。利用者(依頼者)の意図と建物が整合している。依頼者である園長先生の子供へのアプローチに大賛同!!と、とにかく建物から保育方針まで、ド感動だらけでした。

まずは建物の美しさから。アプローチの軒下がこちら。
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杉材の美しい廊下。
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お母さんたちが相談にくるという支援センター。そこはかとなくピンクです。かわいい。
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そして、わらしべの里の代名詞にもなりそうな大ホールこと3・4・5歳児室開け放ちバージョンがこちら。
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さて建築とは意匠ばかりではありませんで、構造やら行政の規制があります。これらについても、なんだかとっても爽やかに解決されていると感じました(すごいことほど、”ふつう”に見えるってやつですね)。

いただいた資料によれば、「建物は『準耐火』の木造。地元埼玉県の木材を81%使用、使用量としてはおよそ140立方メートル。」ということですが、シロウトにもわかるように古川さんが噛み砕いてくださった解説によってワタクシが理解したところでは
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・あらかじめ「45mm=40分の燃えしろ」を取ってあるため、火災時に燃えて崩れるまでの時間をかせぐ構造である(木造でも、逃げるだけの時間を確保することで多人数を収容する施設としての安全性を確保している)

・使うなら地元の木でしょ!、という気持ちがあっても、100%地元材!とこだわると”縛り”になってしまい、苦しいところが出てくる。8割が地元材なら誇っていいと思う。 

・大きな施設を木造すると使用量のインパクトは大きい。多くの人の目にも触れるので、アピールとしても強い。
[参考]普通の一軒家で使われる木材量は幅はありますが20~30立方メートルのようです(今Googleでちらっと調べ)。
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数字や規制に関する情報は上記のような感じです。とにかく火災を起こさぬよう、起きた時には命を奪わぬよう・・という規制の想いは、泣けますね。「そんなガチガチに言わなくても」と思ったりもしますが、根本は優しさでできているのが規制ですね。

燃えしろ構造にした場合の問題点になりやすいのは
・構造材が太くなるので、意匠上もっさりする
・使う材木量が増えるので、費用がかかる
ということですが、前者については、構造材を壁で隠してすっきりさせ、木面が見える量のバランスを取ることは可能とのこと(なおかつ壁に隠した部分は燃えしろが少なくていいらしい)。大ホールの写真を改めてご覧いただきたいのですが、もっさり感はどこにもないと思います。

あとは後者の「使う量に比例して価格が上がる」ことはあまり詳しくわかりませんが、とにかく国産材が安い現状なら問題ないんじゃないでしょうか(無責任ですみません・・・個人的にリアリティが持てない観点のため)。いや、真面目に考えると、外国産材はもっと安いのかもしれませんが、想像するに100の木量が120になることより、搬送トラックが3台から4台になることの方がお金かかりそうな気がします。

材料についてポイントだと思ったのは、設計士と構造計算担当が、しっかり連携をとったというお話です。構造上の安全性を担保するための構造設計は、計算によって純粋に答えを出します。具体的には、「ヤング係数(木の丈夫さの基準)は90で××立方メートルね!」という答えが出たりするようですが、現実的には、そんな丈夫な木がそもそも山から出ていなかったり取引している木材問屋さんのところになかったり、とどのつまり費用がかさむなどの状況が発生するわけです。

そこは設計士の腕の見せ所かとも思いますが、構造上の安全性と材料の都合、さらには利用者の三方良しの設計を導き出したわけです。


さて、構造と表裏一体の意匠や機能。構造と意匠と機能がうまくかみ合っている!という象徴的な2箇所をご紹介。

まずは大ホールの天井です。
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リズミカルに並ぶ桟は、実は大ホール真上については構造上の役割はないとのこと(別の部分で屋根を支えている)。構造上必要性があったのは、大ホールの左右に配された学童室と乳幼児などの部屋だけだったのですが、古川さん曰く「乳幼児から、3・4・5歳、そして学童(小学生)がみんなつながっている、ということを表現したくて、同じ意匠が続いているようにしたし、隣の部屋の天井が見えるように間をガラスにした」とのこと。

なんてこった!!

てっきり単に支えるための構造だと思っていました!! でもさりげなく、想いが表現されていた。押し付けるのではなく、そっと周りにいて気にかけている。そんな感じがしました!!

続いてこちらは、学童室の小上がり。今回のツアーでは、対談会場となり、小上がりの階段を客席にしました。
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これもてっきり、空間の面白さを意図したのかと思ったのですが、竜巻避難用の地下室を作る必要があり、しかし完全地下にするには地下水の水位が高すぎて半地下にしかできなかった結果、とのこと。半地下にしかできないことだけ考えたら、ネガティブ要素だったんだと思いますが、それが不自然ではないし不都合でもない形で収まっています。先に小上がりを設計したのではと思うくらい。

階段を駆け上がるって面白いし、上と下で段差があるやりとりも面白い。角や隅っこが多いので、落ち着いて過ごし易い。広さが魅力の大ホールとの役割分担でもあるし、年齢が上がった子供達は少し落ち着きが出てきますから、空間も落ち着き易い方がいいと思います。

同様な事情と形状は、大ホールを挟んだ反対側の乳幼児室にも取り入れられていて、ごく幼い乳幼児も広すぎる空間よりも安心する小空間がいいわけです。また、小上がりの上と下で年齢層が分けられていて、上は乳幼児、下はハイハイができる幼児のゾーン。ハイハイができる幼児って、年下の子への配慮ってまだできないと思うので(たぶん)、段差によって緩やかに区域を分けてあるってのもうまいもんです。それがまさか、地下水の水位から生じたうまさとは。


それから、設計者のさりげないこだわりがこちら。
逆光がひどくて色合いが酷くて申し訳ないのですが・・・この窓の作り方に、古川さんのこだわりが入っています。
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さりげないですが、この窓、窓枠が外側に取り付けてあります。つまり、この内側からは窓枠(サッシ)は見えず、額縁のようにさらっとしていて風景を邪魔しません。ほんとに、すこーーーんと枠が空いていて、あんまり窓って感じがしませんでした。開放感がとてもあります。

これは別に依頼されたわけでも要求があるわけでもない、古川さんのセンス!

そして、印象深かった古川さんの言葉は、「この園の方針を聞いて、子供達の動きをみて、先生方の様子を見て、それを邪魔しない建物を作るのがぼくの仕事だと思った」。

そうなんです!!!
日常を過ごす建物って、それくらい、無視できるくらいの存在感であってほしい。でも意識的に見た時には、とても丁寧な仕事だということがわかる。ずっと過ごしていたのに、あるときその意味にはっと気づく。
建物と人とは、そういう距離感でいるのが、私はここちいいと思います。

最後におまけ。
ハイハイができる幼児部屋から園庭へのアプローチ。ハイハイで直接お庭にでられる特別仕様です^^
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その2では、園の方針について語りたいと思います。
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by sugidaratenryu | 2016-07-03 14:49 | つながり

アベリア襲来[屋台大学] その4 <完結>

さて、アベリア屋台大学レポートは、第4弾にて、アベリアのアベリアらしい爆笑エピソードをちりばめて、ライトな感じで終わろうかなと思っていました。

いやいや、まだまだヘヴィに伝えたいことがありました〜ってなことで、「いまアベリアが取り組んでいること」をレポートします。

■子供達に、幸せな記憶を残す
アベリアのすったもんだあれやこれやの経験を踏まえて、別府への留学生や街の人たちの「小さなズレ」を1つ1つ取り持っている ということは先にお伝えしました。

それがまさに「いまの今」の別府への愛情なら、未来の別府への愛情がこちら:子供達に、幸せな記憶を残すようなことを、盛り上げていく、ぶちかましていく活動です。

アベリアの行動の原点の1つに、「すべてをあたりまえのこととして受け入れる別府の街」というのを、肌で目で耳で実感していることがあると思います。自分自身が本当に体験した、その渦中にいたということは、そんな場が存在していたという事実をゆるぎないものにします。

「え、そんな理想郷あるわけないじゃん!」「夢の世界よ、それは」という、素直な反応にはなかなか反論しづらいもの。でも、私の中にはその記憶がある! そして、体験したことによる膨大な情報は、実現への手がかりになりえるんじゃないだろうか。

体験の中には「おばちゃんはこんな口調で、言ってる言葉はきつくても優しさが感じられた」とか、「全然優しくないように見えて、知らないところですごく苦労してくれてた」とか、本や写真だけではわからない機微というか、1つ1つの細かいことが、記憶に刷り込まれているはず。

そして、未来は必ずやってくる。いきなり言いますが、「自分がいなくなった先の未来も必ず来る」。アベリアは、そのことも見据えているような気がします。

人が死んでいなくなる という話をするとつらく感じる方もいらっしゃると思いますが、書きます。

いつか、その日は必ずきます。今日と地続きでやってきます。だから、いなくなたった先のことを考えておくのは、例えば「3年の時間が過ぎたら"3年後"が来るから、その時に備えておこう」というとても冷静な話と同じです。いなくなる日が、明日なのか50年後なのかはわからないということだけです。
それにこの世からではなくても、組織から退職する日、引っ越してこのコミュニティからいなくなる日ってのもあるわけで。

アベリアは、自分が体験したのと同じように、「誰もがあたりまえに受け入れられている日常」を子供達に伝えていきたいのだと思います。
(具体的には、子供達と留学生との文化交流イベントや、祭りの復活、新しい祭りの立ち上げなどを活動中とのこと! 詳しくは(勝手に宣伝しますが)アベリアのFacebookを見てね!)

ちなみに、アベリアのばーちゃんもすごい。
このばーちゃんがいてこそ、このアベリアがいる、といった感じで、70歳でマラソンを始めて数年後にはハワイ・ホノルルマラソンに出場するくらいのお人です。

時々アベリアのfacebookで御言葉を拝見しますが、すごい。
たぶん、アベリアの活動を眼の前で見ているわけじゃなあないのでしょうが、響く言葉をくださる。

想像ですが、たぶんばーちゃんも、いつか必ず来る日に備えて、若人にいろいろ伝えにゃあな〜と思って、例えばそれが60歳に思ったとして、いまでは90歳を超えられ、若人への指導30年、もはや顔を見ただけで考えていること悩んでいること背中を押してほしいことなんかが分かるんじゃないでしょうか。もう仙人なんじゃないでしょうか。


■GPS
さて、たくさん、いろいろなことを書いてきました。
このレポートは、ワタクシ・キャッシーが、「アベリアのあの動きの源は一体なんなんだ!?」という疑問を中心に構成しておりますので、比較的、難しい雰囲気で分析しております(したつもりです)。

実際のアベリアは、とにかく楽しい!嬉しい!みんなの笑顔が見たい! その気持ちだけでグイグイワイワイどんどんと活動しています。

さて、GPSとは、アベリアが提案する指標です。
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笑顔がたくさんあることが、幸せであり目指すところである!
やっほーー! いくぜーーーー!!
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そんなこんなで、どうもまとまりきっていませんが、書き切ったという思いでございます。
どなたかの参考になれば幸いです。
アベリアの思いを曲解している部分があったらごめんなさい。
とにかく感動しきりでした。
アベリア、また会いましょう!
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by sugidaratenryu | 2016-02-06 14:57 | つながり

アベリア襲来[屋台大学] その3

■「人は、善いものだと決めた」

引き続き、アベリアの言葉です。

性善説と性悪説 いずれが人か、ということが議論されますが、アベリアは善いものだと考えることに決めた。

アベリアはなんと16歳の時に、このまま別府いや日本にいてもどうしようもない、外に出る!!と決めて、親御さんも反対する中、アメリカへ渡ったという。紆余曲折あって、最終的にニューヨークのメディア関係で(この辺ちょっとうろ覚え)働きつつ、お金もないのでかなり底辺な地区に住んでいたそうだ。

底辺というのは、移民やら違法入国者やらが集まっていて、安い家賃で暮らすことはできる場所。でもかなり厳しい。お金もない、ご飯は満足に食べられない、着るものも十分にない、周りからは冷たい目で見られる。

しかしそんな環境だからこそ、かえって誰かと一緒に励ましあって生きる明るさを感じたという。それと、講演ではほとんど語らなかったけれど想像するに、人の負の部分もたくさん見たんだと思う。

そんな環境でアベリアが一番疑問を持ったのは、ニューヨークの"成功者"側にいる人たちが、その底辺を"ないもの"として扱っていたことだった。見て見ぬふりですらない、存在しないという認識にいること。確かに、見てしまえばつらいことを知っているのだろう、自分の成功を素直に喜べなくなってしまうだろうから。

けれどもアベリアは見えていることを無視できなかった。見えている、そこにいる、そこに人がいるのに見ないで暮らす日々。もんもんとしていたそんな時に、ふと知り合い(アメリカ人)の口から「Beppu」の名前を聞き、「ああ、帰ろう」と思って帰国したとのこと。
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やっぱり語る語る語るアベリア


そんな底辺を我が身で体験した上で、「人は善いものだと決めました」と言うアベリア。
その意味に、泣けてきます。

人と人との関係を取り持とうと話しかけた時に、なんだか悪く取られたり、怒られたり、もう来るな!とか言われることもあるでしょう。そういう時に「あれは悪い人だから」という言い訳は一切しない、ということ。信じきる、という意思決定。

そして「決めました」というのは、アベリア自身の行動について決めたわけであって、他人にオススメしているわけではない。アタシこんな良いことやっているから、アナタもそうしなさいよとは、1mmも言わない。自らの裁量の中では、そうします、という宣言。


■「公僕たれ」

これは、アベリアが、尊敬する方から聞いた言葉。
そして、アベリアは体現していると、私は思います。

アベリアの知り合い? マブダチ? には、そうそうたる人たちがいる。
たくさん例が上がったけれど、私がわかったのは、アフリカのマータイさん、ピアニストのアルゲリッチさん。他には、イギリスの文化関係のトップになった方とか。

別府の街角で、小さな1つ1つのコミュニケーションを取り持っているうちに、街全体を盛り上げる企画に話が広がり、企画を進めるうちにつながっていったようだ。

そのような世界で活躍する先輩方のうちの一人から聞いた言葉だそうだ。「公僕たれ」。

で、私が今いる段階では、それはピンとこなかったんですが、感動したのは、「街角の小さな活動をしている人が、文化も習慣も違う土地にもいるらしい、しかもアベリアと気が合う"その手の人"が!!」ということ。

その手の人・・・って言っても怪しい意味じゃありませんよ。平たく言うと"変態の気がある"となって、ますます怪しいのですが笑、変態のくだりはぜひ月刊杉Webの拙文をご覧ください。
>>月刊杉Web111号第四回「杉というソウル」

上記の前の編もご参考までに。
>>月刊杉Web102号 予告編
>>月刊杉Web104号第一回「一家に一台、杉の家具」
>>月刊杉Web106号第二回「杉って・・・何?」
>>月刊杉Web108号第三回「スギダラはもはやスギダラにあらず宣言」


もっと通常の方にも分かりやすい書き方をすれば、アベリアが会の冒頭でも言っていましたが、「理性でも理屈でもないが、とにかく気持ちで動ける人」という意味です。動く根拠は、直感とか第六感とか本能、それともニオイとでも言いましょうか。身体的な人間らしさを第一に動ける人です。

今、世間で活躍しようとすると、どうしても整然とコンセプトを語れることとかが重要ですが、そういう流れとは異なるこっちの本能系でも、これだけ世の中に仲間がいて、それは文化も地域も関係なくて、そして紹介された方々に普通に女性もいたことに、なんだか力づけられました。この道は、続いている!

ちなみに、先日たまたま、イベントのお手伝いでピアニストのアルゲリッチさんを間近で(ほんとに5mくらいのところで)拝見する機会がありましたが、確かに、同じその手のニオイを若干ですが感じました。実際にくさいわけじゃないですよ、そういう雰囲気を感じたのです。


ひとしきり、書きました。これらは全部メモしてません。直接頭に書き込みました。それくら印象深かった。
なんとも書き上げた感じがありますが、その4(つれづれ編)に続くと思います。
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by sugidaratenryu | 2016-01-31 13:50 | つながり

アベリア襲来[屋台大学] その2

■1つ1つの小さなボタンの掛け違いを、1つ1つ取り持つ

印象深かった順に書いております。
その2で早速、アベリアが今別府の街でどんな活動をしているかを紹介します。

それは「1つ1つの小さなボタンの掛け違いを、1つ1つ取り持つ」。

別府の街には、立命館アジア太平洋大学があり、様々な国からの留学生がいます。
別府の人口12万人に対して、留学生は3000人。40人に一人という高い割合です。
成功例としてこんな記事も書かれるくらい。
>>別府の「超グローバル大学」は何がスゴイのか by東洋経済ONLINE

上記の記事には抜けていることがある。
それは「別府の日常に留学生を溶け込ませた力」で、それはアベリアが原動力なんだと私は思う。

記事にあるように、150億や42億円の資金、立命館職員の積極的な勧誘、奨学金などが土台を作ったのは間違いないが、いざ留学生が街で暮らす段階になると、そういった大掛かりな力の出番はない。もっともっと身近な力が必要になる。つまり、1つ1つの小さなボタンをちゃんと見てて、掛け違えてたらその1つ1つ取り持つ力。

狭い日本でも街が違えば習慣が違う。言葉も違う。いわんや海外をやである。当然習慣の違いがあり、中には別府市民にとって受け入れ難かったり、不愉快だったりすることもある。

それを聞きつけたアベリアは、飛んでいく。駆けつける。
何があったのか、どうしたかったのか、どのあたりが嫌なのか、聞く。
留学生に悪気はないこと、彼らの故郷ではそれが普通だということを話す。
そうか、悪気はないし、ただ違うだけなんだと知れば、一歩譲歩できる。
そして、目鼻立ちが違ったり言葉が違って全然違うように見える留学生たちも誰かの家族であって、何にも違わない。自分の孫や子どもだと思って接して欲しい、とアベリアは訴える。

留学生の方にも同様に、日本の”あたりまえ”だとか、悪気はないということを伝えただろう。

日常的に起こる、やれ調理している時にくさいだの、やれ風呂の入り方がわかってないだの・・・という1つ1つを取り持っていく。

ここで意識的に私は「取り持つ」と言いたい。「取り除く」ではなく。
負の意味合いにしろコミュニケーションが生まれたことは消したくない。互いの文化の違いをお互いが認識したというエネルギーなんだから、正の方向に転換すればいいのだ。不快感は相手を知っていけば消すことができる。
お互いを無視するような関係性より全然良い。

アベリアは言う。
「川の上流で少しでも悪い方向に流れ出したら、その後流れはどんどん悪くなっていく。だから、小さな、ほんの小さな石であっても良くない流れを生もうとしていたら、ちょっとその石の向きを変える、それだけでいい方向に流れていく」

そうだ、その通りだ!!!

アベリアは、シリアやあの辺の紛争も心配していた。「いま、光ネットワークが世界中繋がっている。光がつながるんなら、温泉も繋ぎたい。武器を持っている人に、『今日は温泉の日だから! いーからいいから、武器は置いて! 温泉入ってゆっくりしな!』と言いたい」

私もそう言いたい。私は静岡県民だから「とにかくお茶飲んで一服しな!」と言いたい。


とにかく、アベリアがしていることは、根源的であり、人が誰しも骨身にしみることが発端なのだ。

例えば、留学生が役所に申請する手続きについて。1回役所に行くには交通費が1000円かかる、なんだかんだと修正などで何度も呼び出される。その留学生の故郷では、チャイが一杯5円で飲めるのに、交通費1000円かけて毎回行かなければならない。食べていくので精一杯、故郷より寒い日本で暮らす衣料を整えるのでも精一杯なのに、交通費をそんなにかけさせるのはおかしい!!!!

だから、役所に訴える。(アベリアは市役所職員であるので)「申請は大学で、私がまとめて受け付けて、私が役所に持っていきます。内容がちゃんとしていれば問題ないでしょう?」

役所はもちろん、NGを出す。まあ、ルールは守っていかないと秩序が保てないというのも分かります。
でも諦めないアベリア。だって、お金がないってことは、お腹いっぱい食べれないってことよ? ひもじいのはつらいよ? 寒いのに震えてないといけないのよ? それはつらい。なんとかしたい。

根負けした役所はついに通達する「あなたが責任を持つんでしたら、結構ですが、責任取れますか?」
アベリアはとっさに思う「責任取る・・・ってどういうことやろ? 命を取られるんやろか? それとも私の家族がつらい思いをするんやろか・・? いや、よくわからん、よくわからんけど、責任は取るよ!!」

今では、アベリアが大学に行き、一手に申請を受け付け、まとめて役所に提出している。何も悪いことは起こっていないという。

お腹がすく、寒い、さらには人に冷たい目で見られる・・・といったような、とにかく誰もがその身で感じたことがあるつらさを、なんとか軽くしたい・なくしたいという気持ちで動くアベリア。
そこには真実があり、人種や文化とは関係なく通じるものがある。


その3へ続く・・・
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by sugidaratenryu | 2016-01-30 17:43 | つながり

アベリア襲来[屋台大学] その1

アベリアという呼び名の人物がいる。彼女の講演会を聞いた。
その衝撃と感動をお伝えします。
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語る語る語る語るアベリア


アベリアとの出会いはこちらをごらんください。
大分県別府市をこよなく愛する彼女が、別府を案内してくれたのです。
>>大分スギダラツアー 別府地獄巡り

2時間半にも及んだ講演で(そしてまだ全くの入り口だと本人談)一番深く感じたことをまず述べますと、「やれることは小さいけれど、やれることをやっています」。その宣言でした。

例え話として「山火事を前に、ハチドリがそのくちばしで水を運んで消そうとしている」というお話をしてくれました。ハチドリは、山火事がとても大きなことも、自らのひとすくいがとても小さいことも、認識している。でも、やる。

アベリアが別府の街に咲かせたいみんなの笑顔のために、やっているのは1つ1つの小さな軋轢を1つ1つ取り持つこと、それだけだと言う。でもアベリアは、別府はおろか世界中の平和を見据えていると思う。本気で。

小さな1つ1つは、小さいけれど、関わる人が増えることで大きなうねりになっていく。別府が好きすぎて「私は別府になりたい」と語るアベリアが、1つの面ではもう別府になったと思う動画をもう一度紹介してから、講演会の全部を語り始めたいと思います。
>>OAB大分朝日放送「大分ふるさとCM大賞Vol.12」/大賞
※別府の大学に通う留学生たちが、ボランティアで(お金はかけずに)アイデアを絞って手作りした別府のPR動画です。

■「誰のものでもないものを、共有する」
アベリアの講演2時間半のうち、1時間半がアベリアの背景に割かれた。しょーーじきに言えば、長いな〜〜面白いからいいけど別府での取り組みを知りたいんだけどな〜〜と、ちょっと思ってました。

いえ、でも、背景を知ることが本質でした。
今の具体的な彼女の取り組みは、本質の現れでしかないのだから。

その背景とは、別府は温泉の街だということ。
温泉は、誰のものでもない。
いっしょに温泉という恵みを分かち合うことが、別府市民の根底に流れている。

温泉の前では、いや温泉の湯の中では、裸一貫だれもが平等、肩書きや立場は脱ぎ捨てざるを得なくて、名実共にその人のそのままが露わになる場所。同様に、国籍も立場も関係なくなるのです。だって、お湯が温かくて嬉しい、心地いい、それで十分、ありがたい。

温泉のお湯のように温かな世間だった別府には、アベリア幼少時代、様々な人たちがいたという。おそらく別府の歴史の中でも特に多様な人たちがいた時代だったのではないだろうか。

それは、戦争引揚者であり、原爆療養所に通う人たちであり、進駐軍(米軍)であり、進駐軍との間に生まれた混血児と呼ばれた孤児たちであった。

今となっては、上記のような固有名詞を書くだけでも差別と言われるかもしれない。
特に、見た目の違いがあるゆえに、差別することが簡単だったと思う。

でも別府の人たちはそんな人たちを「あたりまえ」として受け入れたという。
別府の人は、いい湯加減、もとい、いい加減(いい意味で)だからだとか。
「いろいろある! いろいろあるよね! 違いもある! けどまあまあ、今日は温泉入ってゆっくりしなー!」そんなアベリアのセリフがそのまま別府の街でも叫ばれていたのだろう。

「大地の恵み」という大きなものの前に立てば、僕ら人間はみんな人間であってそれ以下とかそれ以上ってある!? そんな気持ちが、別府に、アベリアの根底に流れている。

それがアベリアの原動力の1つになっていると思う。

その2へ続く・・・
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by sugidaratenryu | 2016-01-30 16:49 | つながり

人生のあるべき姿


先日、もうすぐ90歳という方とお話をする機会がありました。
全国の玩具コレクションをしていて、市に寄付された方です。
大変感銘を受けたので、レポートします。

「もうすぐ90歳だが、毎日わくわくして暮らしている」
そうおっしゃるおじいちゃんは、風貌も自由人、
生業も骨董屋さんで、かなりのキワモノに間違いありません。

キワモノっぷりを聞けば、
骨董の仕入れのついでに全国の玩具もコレクションし、
のちに、こけし単体の蒐集も開始、
拝見したところ、軽く500体はあると思われる圧巻さ。
こけしは、もはや仕入れのついでではなく、こけしのために出向いたとのこと。
単に購入するだけでなく、作っている職人さんと仲良く
なるのが信条。ゆえに解説がすごい。

「このこけしは父ちゃんの作。清純派の顔ね」
「こっちは息子の作。あんまりいい顔じゃない。
 でも酒を飲んで描くとなんとも言えない良い表情なんだよ〜
 ああ、これが飲んだ時の作品」
キャ「酒って、東北だとやっぱり日本酒です?」
「いや、焼酎」

なんとー
こけしを集めに行って、
その家族構成も、好きな酒の種類も分かるくらいの
交流をしてくるってすごい。
素人から見たらあまり差の分からないこけし群の中から、
さっと取り出して見せてくれる。

玩具、こけしのみならず、
道ばたにある草、山のキノコ、川を泳いでいる魚、なんでも詳しい。
どこがすごいか面白いか知っていて、それを生き生きと話してくれる。

地元小学校の自然観察クラブでもそういったお話をしてくるとのこと。
そのスタンスに感動する。

「オレは、針の穴程の穴をあけて、
 その向こうに面白いことがある!って見せてやるだけだよ」
「その穴を広げるかどうかは、本人がそうしたいかだからね。
 それでも、知らなければ興味を持たないから、
 ちょこっっとだけ見せてやるんだ」

嗚呼すてき。
それが人生の先を歩く先輩としてのあるべき姿ではなかろうか。
押し付けるのではなく、本人に任せて。


もう1つの感動。
お住まいはこう言っては何だが、とても質素なもので、
案内された部屋は、もともと倉庫だったところを掃除して
自分で壁の色を塗って、生活する空間にしたとのこと。
確かに、壁も畳もくたびれ感は否めない・・・だがしかし。

一角には、椿が吊り籠(びく?)に活けてある。
もう一方の角の棚の上には、割れ花瓶に梅の花が。

大変に美しく、凛とした空気が漂う。
ああ、私達(客人)のために花を選び、今朝摘んで、
活ける。
花は野にあるように見えた。

これがもてなしかと思う。
室内に切り取られているために美しさが際立つ。
利休さんを呼んできたいくらいだった。
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by sugidaratenryu | 2014-02-23 18:40 | つながり


日本全国スギダラケ倶楽部、天竜支部です。
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